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2008年1月 2日 (水)

1月3日

瞳の日
眼鏡・コンタクトレンズの業界が制定。
「ひ(1)とみ(3)」の語呂合せ。

紀元前106年 - マルクス・トゥッリウス・キケロ、
             古代ローマの政治家(紀元前43年没)
1836年    (天保6年11月15日) - 坂本龍馬、幕末の志士(1867年没)
1873年 - 小林一三、実業家(1957年没)
1883年 - クレメント・アトリー、第62・63代イギリス首相(1967年没)
1887年 - アウグスト・マッケ、画家(1914年没)
1889年 - 河上丈太郎、政治家(1965年没)
1892年 - J・R・R・トールキン、作家(1973年没)
1899年 - 英語の"automobile"(自動車)という単語が、
             ニューヨークタイムズ紙の広告ではじめて使用される。
1905年 - 高松宮宣仁親王、皇族(1987年没)
1906年 - 豊田四郎、映画監督(1977年没)
1908年 - レイ・ミランド、俳優(1986年没)
1908年 - 篠田康雄、神職(1997年没)
1911年 - ジョン・スタージェス、映画監督(1992年没)
1921年 - セルジオ・レオーネ、映画監督 (1989年没)
1926年 - ジョージ・マーティン、音楽プロデューサー
1931年 - 道場六三郎、料理人
1933年 - 5代目三遊亭圓楽、落語家
1933年 - 加藤明、バレーボール監督 (1982年没)
1936年 - 房錦勝比古、大相撲力士(1993年没)
1937年 - 山本學、俳優
1939年 - 藤村志保、女優
1940年 - ゼンジー北京、マジシャン
1940年 - 森村桂、作家(2004年没)
1941年 - 天地総子、声優
1941年 - 岩下志麻、女優
1941年 - 横路孝弘、政治家
1943年 - ヴァン・ダイク・パークス、ミュージシャン
1946年 - 日野元彦、ミュージシャン
1946年 - ジョン・ポール・ジョーンズ、レッド・ツェッペリンのベーシスト
1948年 - 芹澤廣明、音楽プロデューサー・ミュージシャン
1948年 - 中村晃子、女優
1954年 - 高瀬春奈、女優
1956年 - 小堺一機、タレント
1956年 - 鈴木富子、声優(2003年没)
1956年 - メル・ギブソン、俳優
1959年 - ダンカン、放送作家、タレント
1960年 - 中村れい子、女優
1960年 - 山崎浩子、元新体操選手
1961年 - 柳葉敏郎、俳優
1961年 - 日下部みどり子、トラベルライター
1963年 - ケラリーノ・サンドロヴィッチ、演出家・脚本家、ナイロン100℃主宰
1964年 - 堀江敏幸、小説家
1966年 - 智田裕一、フジテレビアナウンサー
1967年 - 野島卓、フジテレビアナウンサー
1967年 - 若村麻由美、女優
1969年 - ミハエル・シューマッハ、F1レーサー
1969年 - 吉田栄作、俳優
1970年 - 長井秀和、お笑いタレント
1971年 - 北浦共笑、女優
1973年 - 川越美和、女優
1974年 - 伊藤健太郎、声優
1975年 - 麻枝准、シナリオライター・作詞家・作曲家
1976年 - TBSテレビの人気クイズ番組「クイズダービー」
             放送開始(~1992年12月19日まで)。
1977年 - 飯塚雅弓、声優
1977年 - 小沢真珠、女優
1978年 - パク・ソルミ、韓国俳優
1979年 - 田中理恵、声優
1979年 - ベリッシモ・フランチェスコ・喜広、エッセイスト料理研究家
1983年 - 長谷川凛、ストリッパー
1987年 - 柳沢なな、女性アイドル
1987年 - 小神野由佳、グラビアアイドル
1989年 - 梅田彩佳、AKB48
1989年 - アレックス・D・リンツ、俳優
1990年 - 柿谷曜一朗、セレッソ大阪
1990年 - 黒川洋介、HotchPotchi
1994年 - 吹田祐実、ファッションモデル
1997年 - 澤畠流星、子役俳優
2005年  紅白視聴率わずかに上昇(7年ぶり)
             レコ大 視聴率たった10.0% (史上最低)
生年不明 - 藤井まき、アニメーター
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

2007年・・・

流通経済大柏、東福岡など8強=高校サッカー
1月3日16時1分配信 スポーツナビ

 第86回全国高校サッカー選手権は3日、各地で3回戦を行い、
第2試合では東福岡(福岡)が3-1で佐賀北(佐賀)に快勝し、
準々決勝に進出した。藤枝東(静岡)は2-1で日大藤沢(神奈川)
に競り勝ち、遠野(岩手)、三鷹(東京B)もベスト8入りを決めた。
 第1試合では全日本ユース王者の流通経済大柏(千葉)が2-0で
北越(新潟)に勝利。広島皆実(広島)は0-0からのPK戦の末に、
前回準優勝校の作陽(岡山)を破った。高川学園(山口)、
津工業(三重)も8強入りを果たした。

<3回戦 第1試合結果>
高川学園 2-1 埼玉栄
津工業 2-1 那覇
流通経済大柏 2-0 北越
広島皆実 0(3PK0)0 作陽

<3回戦 第2試合結果>
遠野 2-1 近大和歌山
日大藤沢 1-2 藤枝東
東福岡 3-1 佐賀北
三鷹 2-0 宮城工 

最終更新:1月3日16時15分

<昭和の食卓>ボンカレー、サイダー、ビスコ…復刻版が続々
1月3日12時2分配信 毎日新聞

ボンカレーの「全国の顔」は松坂慶子さん(手前)に代わったが、
初代・松山容子さんのパッケージも沖縄限定で販売されている

 昭和に親しんだ味とともに忘れられないのが、商品のパッケージ。
時代を映す復刻版が続々と登場している。駄菓子も再び脚光を浴び、
懐かしの味を求める大人が増えている。【川俣享子】

 ◆ボンカレー

 ◇松山容子さん→松坂慶子さん

 日本で初めて開発されたレトルト食品「ボンカレー」は今年、
40周年を迎える。07年5月、女優の松山容子さんがほほ笑む発売
当時のパッケージを全国50万食限定で販売(168円)したところ、
2~3週間で売り切れた。
「飽食の時代にレトルトの良さを見直してほしかった」と、大塚食品
(本社・大阪市)加工食品事業部の下村晃弘さん(39)は話す。

 「お湯で温めるだけのカレー」は1968(昭和43)年に誕生。
素うどん50~60円に対し、80円は少し高かった。しかし、
核家族化も手伝い、73(昭和48)年に年間販売1億食を達成。
78(昭和53)年に香辛料やフルーツをぜいたくに使った
「ボンカレーゴールド」が発売され、主流になった。

 平成に入り、03年に電子レンジで箱のまま温められるタイプが登場。
05年に顔も女優の松坂慶子さんに代わった。松山さんのパッケージが
いまも残るのは、人気の根強い沖縄だけ。「小麦が多く粘性が高い
黄色いカレー。久しぶりだとおいしい」(下村さん)そうだ。

 ◆三ツ矢サイダー

 ◇宮沢賢治が愛飲、復刻版も登場

 淡い水色瓶に大きな赤い矢羽根の紙ラベル--。「三ツ矢サイダー」
の70年代に消えたデザインを再現したアルミ缶
(300ミリリットル、120円)が昨年5月、登場した。
アサヒ飲料(本社・東京)との共同企画で、ダイドードリンコ
(本社・大阪市)の自動販売機で販売されている
「復刻堂 三ツ矢サイダー」だ。

 1884(明治17)年に市販され、明治の瓶は緑色だった。
大正末には天ぷらそば15銭に対し1本23銭の高級品だったが、
宮沢賢治も愛飲。昭和には水色瓶となり「宮内省(当時)御用達」の
ラベルも。1972(昭和47)年に紙ラベルは消え、青地に三ツ矢印
が抜かれたプリント瓶となった。

 2004年に香料すべてを天然素材とした平成の味は、かんきつ系の
酸味と強めの炭酸がさわやかだ。これに対し、1935(昭和10)
年当時のサンプルは、リンゴ系の香りでしっかりした甘み。
アサヒ飲料研究開発本部長の光田博充常務(56)は「時代に合わせ、
少しずつ、がっかりされない変え方をするのがロングセラーの秘訣(ひけつ)」
と話す。

 ◆ビスコ坊やは5代目

 ◇最初は10銭、食感も硬かった

 乳幼児から大人まで人気の、江崎グリコ(本社・大阪市)の「ビスコ」。
発売当初の1933(昭和8)年、再生産された51(昭和26)年、
売り上げが伸び始めた66(昭和41)年のパッケージが復刻されている。
3個パック525円。全国17店ある「ぐりこ・や」の限定商品だ。
マーケティング企画室の山崎雅夫参事(52)は、「団塊世代が懐かしみ、
若い人もおしゃれと言う。01年からあり、レトロブーム便乗ではない」
と言い切る。

 酵母入りビスケット「コービス」として開発され、逆さにしてビスコと
名付けられた。最初は10銭だった。デザインは一貫して大きな白の丸抜き
だが、柿色地から赤地に変わった。ほおを膨らませる「ビスコ坊や」も
平成の5代目は目がぱっちりで、あごがほっそり。復刻版の中身は乳酸菌
入りの平成の味だ。昭和の味は「レモン風味のクリームの甘さは変わらず、
ビスケットの食感が硬かったのでは」(広報IR部)という。

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