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2008年5月 6日 (火)

5月7日

コナモンの日
日本コナモン協会が2003(平成15)年に制定。「こ(5)な(7)」の語呂合せ。
たこ焼き・お好み焼き・うどん等、粉を使った食品「コナモン」の魅力を
PRする日。

粉の日
「こ(5)な(7)」の語呂合せ。小麦粉等、食料としての粉の有用な利用方法等
をアピールする日。

博士の日
1888(明治21)年、植物学者の伊藤圭介・数学者の菊池大麓・物理学者の山川健次郎
らに25人に日本初の博士号が授与された。ただし、論文の提出による博士号では
なく教育への貢献を評価されたもので、名誉博士的なものだった。
論文による本格的な博士が生まれたのは、それから3年後のことである。
また、当時は博士の上に大博士の学位があったが、該当者がなく1898(明治31)年に
廃止された

1676年 - ピエトロ・ジャンノーネ、歴史家(+ 1748年)
1711年 - デイヴィッド・ヒューム、思想家(+ 1776年)
1763年 - ユーゼフ・ポニャトフスキ、ポーランド出身のフランスの軍人・元帥(+ 1813年)
1824年 - アレキサンダー・ウィリアムソン、化学者(+ 1904年)
1833年 - ヨハネス・ブラームス、作曲家(+ 1897年)
1840年(ユリウス暦4月25日)- ピョートル・チャイコフスキー、作曲家(+ 1893年)
1873年 - 美濃部達吉、憲法学者(+ 1948年)
1892年 - ヨシップ・ブロズ・チトー、ユーゴスラビア大統領(+ 1980年)
1897年 - 木々高太郎、小説家・生理学者(+ 1969年)
1901年 - ゲイリー・クーパー、俳優(+ 1961年)
1908年 - 髙登渉、大相撲力士(+ 1999年)
1911年 - 本多猪四郎、映画監督(+ 1993年)
1919年 - 仁杉巌、第9代日本国有鉄道総裁
1919年 - エヴァ・ペロン、アルゼンチンのファン・ペロン大統領夫人(+ 1952年)
1921年 - 川崎徳次、プロ野球選手・監督(+ 2006年)
1930年 - アナトリー・ルキヤノフ、政治家
1933年 - 塚本信夫、俳優(+ 1996年)
1941年 - 萩本欽一、タレント、茨城ゴールデンゴールズ監督
1942年 - ニャホニャホタマクロー、元ガーナサッカー協会会長、政治家、医師
1944年 - 古川俊隆、元内閣総理大臣秘書官
1946年 - 新井満、小説家
1947年 - 佐々木剛、俳優
1948年 - 西岡恭蔵、シンガーソングライター(+ 1999年)
1951年 - 木下富雄、野球選手
1952年 - 松田重治、声優
1954年 - 河内敏光、bjリーグコミッショナー
1956年 - ボブ・サゲット、俳優
1957年 - 佐田玲子、シンガーソングライター
1960年 - 野沢尚、脚本家・小説家(+ 2004年)
1961年 - 中山千彰、TVプロデューサー
1961年 - 田中宇、フリージャーナリスト
1964年 - 鉄炮塚葉子、声優
1965年 - 上川隆也、俳優
1966年 - 中島唱子、女優
1966年 - 佐藤あつし、ミュージシャン(元Darlin's Darlin'・STAGGER・HΛL)
1967年 - 大翔鳳昌巳、大相撲力士(+ 1999年)
1969年 - 佐藤二朗、俳優
1969年 - 小桧山雅仁、元プロ野球選手
1970年 - 上田晋也、お笑い芸人(くりぃむしちゅー)
1973年 - 南部直史、作曲家
1976年 - 加藤明子、アナウンサー
1976年 - まちゃまちゃ、タレント
1976年 - LITTLE、ミュージシャン(KICK THE CAN CREW)
1978年 - 原田健二、俳優
1979年 - 窪塚洋介、俳優
1980年 - 杉山春樹、野球選手
1982年 - 秋元玲奈、読者モデル
1984年 - 神戸みゆき、タレント
1984年 - 岡田茉奈、タレント
1984年 - 松尾光次、歌手・俳優
1984年 - 筧裕次郎、プロ野球選手
1984年 - 芙咲由美恵、シンガーソングライター
1984年 - イナリワン、競走馬
1984年 - 末廣潤、プロバスケットボール選手
1985年 - 向ひとみ、ファッションモデル・タレント
1985年 - 後藤ゆきこ、タレント・グラビアアイドル
1985年 - ミハイル・イグナティエフ、自転車競技選手
1986年 - マット・ヘルダース、歌手(アークティック・モンキーズ)
1987年 - 紺野あさ美、元モーニング娘。
1988年 - 森本貴幸、サッカー選手
1988年 - 島崎麻衣、グラビアアイドル
1989年 - 坂本大空也、野球選手
1989年 - マチカネタンホイザ、競走馬
1990年 - 浦浜アリサ、ファッションモデル
1992年 - 山下莉央、ジャニーズJr.
1998年 - ジャングルポケット、競走馬
2007年 - 大関・栃東大裕が引退を正式発表。
2007年 - ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜が日米通算2000本安打を達成。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

2008年・・・・

iPod課金を提案へ=HDD録画も対象に-補償金制度見直しで・文化庁

5月7日17時1分配信 時事通信

 iPodなどデジタル携帯プレーヤーへの課金が議論となっていた「私的録音録画補償金制度」について、文化庁は7日までに、同プレーヤーなどを課金対象に加える見直し案をまとめた。8日の文化審議会の会合で提示する。著作権の権利者側が課金を求めてきたが、負担増となるメーカーは課金拡大に反発している。
 同庁が新たな課金対象として提案するのは、携帯プレーヤーとハードディスク駆動装置(HDD)内蔵型録画機器。補償金の根拠として、複製が可能な音楽CDからの録音、無料デジタル放送からの録画を念頭に置いている。
 ただ、これらの製品の使用方法は従来製品と異なる部分がある。例えば、携帯プレーヤーではインターネット経由で複製不可能な形式の楽曲を録音することも多い。同庁は今後、利用実態を調査して、課金額の検討を進める方針。
 プレーヤー機能付き携帯電話や、音楽、動画の複製ができるパソコンについては、録音録画以外の機能を備えた汎用的な機器であることを考慮し、提案から外した。

 

ソフトB小斉が育成ドラフト1号

5月7日9時51分配信 日刊スポーツ


ソフトB小斉が育成ドラフト1号

3回表ソフトバンク無死、小斉はプロ初本塁打を放ち笑顔を見せる

<楽天4-8ソフトバンク>◇6日◇Kスタ宮城
 育成選手からはい上がってきたソフトバンク小斉の1発が、打線に勢いを呼び起こした。3回。完ぺきな1発を楽天永井に見舞った。カウント1-1からど真ん中にきた139キロ直球を見逃さず、右中間席まで運び去った。「本塁打はいずれ出ると思っていた。よく飛んでくれました。本当に気持ちよかったです」。初本塁打の感触をかみしめるように、ゆっくりとダイヤモンドを1周した。育成ドラフト出身選手の初本塁打。70年以上のプロ野球史に刻まれる1発となった。
 プロ3年目。背番号は93から55に変更され、心機一転で臨んだ。1月のグアム自主トレでは、わずか1週間で左ふくらはぎ痛でリタイア。そこから体幹強化に専念。10種目以上の腹筋を繰り返し、多い時には1日で600回以上もこなした。「1年目に腰を痛めて、自分のスイングができない時期があったので」。今では試合前、試合後の腹筋運動が日課。地道な努力が花開いた。
 不屈の闘志もまた、この男の強みでもある。キャンプ、オープン戦と1軍で「完走」したが、開幕3日前に2軍行き。腐らなかった。打率でリーグトップの4割1分3厘を残し4月下旬に再昇格した。
 チームは5試合連続2ケタ安打、開幕以来となる今季2度目の5連勝で、19日ぶりとなる貯金生活に戻った。「あそこ(3回)で逆転できたのが大きかった。永井には前回、完封されてたからね。(打線も)やっとこさ、エンジンがかかってきた。これからどんどんね」。試合後、王監督の表情も緩みっぱなし。その主翼を担ったのはもちろん、小斉のバットだった。【石田泰隆】

2006年・・・

内海完投!巨人セ20勝1番乗り
 
巨人は、内海がヤクルト打線を7安打2失点に抑える好投。今季3度目の完投勝利で
ハーラートップタイの4勝目をマークした。今季初だった連敗を2で止めたチームは、
日本一に輝いた02年以来となるリーグ最速の今季20勝目に到達。
(スポニチ・紙面)

日本ハム新庄が襟シャツでまたマナー違反

<日本ハム6-4楽天>◇6日◇フルキャスト宮城
 「SHINJOファッション」を、あきらめきれない!? 
日本ハム新庄剛志外野手(34)が6日、物議を醸し1度はお蔵入りさせていた
「襟付きアンダーシャツ」を楽天戦で着用。今回は審判団に未申告のまま、襟が立つ
スタンドカラー・タイプにモデルチェンジしてフル出場した。もっとも試合後、
審判部からあらためて「マナー違反」に該当すると申し入れを受けた日本ハム側は、
新庄に注意し自制を促すとした。新庄は沈黙を続けるが、2度目の着用は旧態依然
とした球界への「挑戦」とも受け取れる。
 今度の襟は、短いが立っていた。色は前回と同じ「黒」だが、形状は変化。
大ぶりの開襟ではなく、スタンドカラーにモデルチェンジしていた。ユニホームの
下に着用し、フル出場。一見、普通のハイネックのアンダーシャツのようだが、
今回もれっきとした“襟”であることは明らかだった。
 前回、4月30日のソフトバンク戦で着用したときは、試合前に審判団の許可を
得ていた。今回はなし。試合中に注意されることも、楽天側からクレームが付くこと
もなかった。しかし試合後、報道陣から問われた中村球審は「襟と言えば襟? 
う~ん…」と絶句。現行ルールでは明記されていないため「僕らが指導するとか、
そういう問題ではない。検討はしないけど、前川(審判部長)と話をして明日(7日)、
説明します」と、この日は“灰色決着”にとどめた。
 ただ、この日の新庄は、計画的だった。襟は自ら改良した可能性が高い。
4月30日ソフトバンク戦で着ていたものと同じ配色で、同じモデルのポロシャツタイプ。
関係者の話を総合すると、今回は襟の部分を自らハサミなどでカットした改良モデルと
思われる。試合前には前モデルを着用して練習。その光景を見た楽天野村監督が
「ちょっとおかしい。いや、だいぶおかしいな。自分だけの世界だな」と話すほどの
違和感は試合中に着用していたものにはなかったが、また物議は醸してしまった。
 試合後、球団側は審判団からの申し入れもあり、新庄本人に注意する独自の方針を
固めた。高田GMは「(前回より)ひどくはないが、好ましくない」と説明。
今回のタイプも、パ・リーグ前川審判部長からダメ出しされた「マナーの問題」に当たる
とし、自制を促すことを決めた。
 それにしてもなぜ、そこまで新庄は「襟付きアンダーシャツ」にこだわるのか。
新庄は依然としてこの件について口を開いていないが「誰も着たことがないからでしょう」
と球団関係者。野球選手のスタイルの概念を打ち破りたい-という説が有力になっている。
また今回は、自分のアイデアが認められなかった、旧態依然とした球界への「挑戦状」
ともとれる行動。専属の荒井広報は「そっとしておいてください」と話すのみだった。
 プレーでは、5回2死一塁で中堅左を破る中押しの適時二塁打を放ち9戦ぶりの打点
をマーク。チームの3連勝を後押しした。現役ラストシーズン、残り102試合。
「襟問題」も再燃し、新庄から目が離せない。【高山通史】
 
▽新庄「襟」騒動
 ◆襟付き 4月30日ソフトバンク戦で、黒い襟付きアンダーシャツを着用して出場。
試合前に審判団に着用許可を得ていたが、相手側から「少年たちに悪影響を与える」、
王監督からも試合中に「確認した方がいい」とクレームを付けられる騒動に発展した。
事情を知らなかった日本ハム側も確認に走るドタバタぶりだった。
 ◆却下 翌5月1日、パ・リーグ審判部は襟付きシャツの使用を却下。前川審判部長が
「マナーの問題」として今後の着用は認めず、日本ハム側に通達した。同審判部長はまた、
チーム全体で襟付きに統一するのであれば問題なしとの見解も示した。島田統轄本部長
は「本人とも話し合い、もうやらない方向になっています」とコメント。また冗談で
「全員統一で襟付きにする?」と問いかけたところ、新庄が「いや、もういいです」
と話したという。
 ◆白旗 西武戦前に山本審判員から襟付き不可を正式に伝えられ、新庄は
「はい、分かりました」と返答。
 ◆素肌 4日西武戦では一転、ユニホームの下は裸と見間違うスタイル。アンダーシャツ
着用も、特注ユニホームの襟元が大きく開き、素肌全開の「悩殺ファッション」を披露した。
(日刊スポーツ) - 5月7日9時7分更新

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