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2008年9月17日 (水)

9月18日

かいわれ大根の日
日本かいわれ協会が1986(昭和61)年9月の会合で、無農
薬の健康野菜である貝割大根にもっと親しんでもらおう
と制定。9月はこの日を制定した会合が行われた月で、
18は8の下に1で貝割大根の形になることから。

1851年 『ニューヨーク・デイリー・タイムズ』
      創刊。現在の『ニューヨーク・タイムズ』
1931年 森永製菓がチューインガムを発売
1939年 森本毅郎 (キャスター,アナウンサー
      [元](NHK))
1946年 神谷明 (声優)
1951年 黒川照家 (ミュージシャン
      (オメガトライブ/ギター))
1957年 うじきつよし (タレント,ミュージシャン
      (子供バンド/ヴォーカル・ギター))
1961年 中井貴一 (俳優)
1963年 海老原博幸がボクシング世界フライ級
      チャンピオンに
1968年 玉井伸也 (コメディアン(ポカスカジャン))
1967年 井原正巳、サッカー選手、解説者
1971年 日清食品が「カップヌードル」を発売
1973年 大貫亜美 (歌手(PUFFY),TERU
      (GLAYヴォーカル)の妻)
1978年 八重洲ブックセンター開店。在庫100万冊で
      日本最大規模の書店
1978年 河野丈洋、ミュージシャン
      (GOING UNDER GROUND)
1979年 稲本潤一 (サッカー(英フラム/MF))
1984年 カズト、ミュージシャン
      (HIGH and MIGHTY COLOR)
1992年  大久保彰将、ジャニーズJr.、M.A.D.のメンバー
1992年  岸孝良、ジャニーズJr.

BC1年   機動戦士ガンダムにアムロ・レイが初搭乗
      (架空。宇宙世紀0079年)
?年 Hiroshi (ミュージシャン(CASCADE/ドラムス))
2004年 日本のプロ野球史上初のストライキ。
(今日は何の日 
 毎日が記念日 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


2008年・・・

沖縄琉球学園・更新


リーマン倒産で、六本木ヒルズのブランド失墜 
「ヒルズの呪い」などと揶揄も

9月18日16時40分配信 MONEYzine

リーマン倒産で、六本木ヒルズのブランド失墜 「ヒルズの呪い」などと揶揄も

画像

 2003年4月にオープンしてから、はや5年経った六本木ヒルズ。竣工までに17年を
要し、総事業費約2700億円、敷地面積12万平方メートル、商業テナント数230を誇る
「小都市」は、デベロッパーの森ビルが自身のプライドをかけて臨んだ一大
プロジェクトだ。

 同社の期待通り、オープン後はライブドアや楽天などの勢いのあるIT企業や
ベンチャー企業が次々と入居し、本社を置く企業群の代表者たちや六本木ヒルズ内
の住宅棟である高級マンションに住む裕福な住人たちは「ヒルズ族」と呼ばれ、
話題をさらった。ブランドショップや有名レストランもテナントに多く入っていることで、
来街者数は順調に推移し、半年後に2600万人を記録し、有名スポットとして定着、
その後も都内の名所としてブランドを築いてきた。しかしここ数年は同ビルのテナント
企業が立て続けに不祥事を起こし、そのブランド力に陰りが出ている。

 ブランドのイメージダウンの始まりは2006年に起きたライブドアショックだ。
この年、ライブドアは証券取引法に抵触し、社長の堀江氏を始め取締役が退陣、
捜査は同じくヒルズの住民である村上ファンドへと飛び火し、同社はファンドを解散、
六本木ヒルズから完全撤退した。その後も、スキャンダルは続き、08年に入ると
人材派遣会社のグッドウィルが違法派遣の発覚により、事業許可が取り消され、
7月末に全事業廃止へ。そして今月16日にはリーマン・ブラザーズが経営破綻・・・。
六本木ヒルズを代表する住人たちが次々と事業に躓き、インターネットではこれら
一連の事件を結びつけて一部ユーザーから「ヒルズの呪いだ」などと揶揄されるなど、
六本木ヒルズのイメージは下降し、ブランド失墜の危機にあるのだ。

 入居率をみても六本木ヒルズの不調は感じることができる。同じく六本木に
2007年3月に開業した東京ミッドタウンの入居率は2008年3月時点で100%なのに対し、
六本木ヒルズは92.5%。三菱地所が丸の内に所有する高層ビル30棟の平均稼働率
は99%以上で推移しているので、現在の六本木ヒルズの入居率は低い水準にあると
言える。

 これにはイメージダウンの他、楽天やライブドアのように賃料削減のために移転する
企業も増えていること、近隣に東京ミッドタウンや赤坂サカスなどがオープンし、
人気スポットとしての目新しさが薄れてきたことが原因としてあげられる。国内最大級
の市街地再開発プロジェクトとして2003年4月にオープンしてから5年経ち、
六本木ヒルズは最初の過渡期に差し掛かっているのかもしれない


ゲイツ氏が15年連続トップ=フォーブス誌の米長者番付

9月18日12時57分配信 時事通信


 【ニューヨーク17日時事】米経済誌フォーブスが17日発表した2008年の米長者番付
(上位400人)で、ソフトウエア大手マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツ氏が
資産総額570億ドル(約6兆円)で15年連続トップとなった。


イチロー、8年連続200本安打を達成! 1世紀ぶりメジャー記録に
並ぶ
2008年9月18日(木)

■記録達成はショート内野安打

ロイヤルズ戦の8回、大リーグ記録に並ぶ8年連続200安打となる遊撃内野安打を放つマリナーズのイチロー=カウフマン・スタジアム
ロイヤルズ戦の8回、大リーグ記録に並ぶ8年連続200安打となる遊撃内野安打を放つマリナーズの
イチロー=カウフマン・スタジアム【共同】

 球足の遅いゴロがショートの前へ飛んだ。猛然とダッシュして打球を処理した
マイク・アビレスの一塁送球より一瞬早く、イチローがベースを駆け抜けた。
イチローがメジャーでまた新たな「歴史」を刻み込んだ瞬間だった。

 カンザスシティーのカウフマン・スタジアムで18日(日本時間)に行われた
ロイヤルズ戦、8回の先頭打者で迎えた第4打席、ロイヤルズのサウスポー、
ロン・マヘイの投じた2球目の外角低めに沈む変化球をイチローのバットがとらえた。
見逃せば「ボール」と判定されてもおかしくないような難しいボール。ボテボテの当たり
がかえって幸いし、内野安打とした。

「あまりきれいな形じゃなかったので、打った瞬間は『あれっ、ヒットになっちゃう』
みたいな勝手なことを考えていました」

 一塁に走り込んだときの思いをこう振り返ったイチロー。本人も「ボクらしいヒット」と
認めたように、メモリアルヒットは自慢の俊足を生かしての内野安打となった。

「ICHIRO SUZUKI HAS TIED THE MLB RECORD WITH 8 
CONSECTIVE 200 HIT SEASONS」
 バックスクリーンに、イチローの輝かしい記録がこう映し出されると、スタンドの
ファンは偉業に気付き、拍手が沸き起こった。敵地にも関わらず、スタンディング
オベーションで偉業をたたえるファンの姿も数多い。全力疾走の直後、一塁ベース上で
両ひざに両手を付き、静かに呼吸を整えるイチロー。興奮の中心に立つ背番号「51」
は、意外なほど冷静に見えたが、やがて右手でヘルメットを取ると、大歓声に応えた。

 今からさかのぼること100年以上、1894年から1901年にかけてウィリー・
キーラー(当時オリオールズ)がつくった8年連続200安打のメジャー記録に並んだ。

■今季151試合目での200安打到達

 前日までに大記録まであと3本と迫っていたイチローは、この日の試合もいつもの
ように「1番・ライト」で先発出場した。ロイヤルズの先発ピッチャーは右腕ギル・メッシュ。初回の第1打席は四球で歩かされた。3回の第2打席には、外角低めの速球を
ジャストミートし、ライト線を鋭く破る二塁打を放った。5回の第3打席では、高めの
速球に詰まりながらもサード後方へポトリと落とす内野安打。記録へ「王手」をかけた。

 そして、8回の第4打席、ピッチャーは相性の良かったメッシュから、2番手左腕の
マヘイに代わっていた。

「きょう、あと1打席だけという可能性があったので、『何とかきょう』という気持ちが
あった。明日の試合後は移動になってメディアの皆さんに協力できないですから」

 打席に入ったときの心境をこう明かしたイチロー。初球の速球を見送り1ボール。
2球目の外角変化球に手を出した。ヒット性の当たりではなかったが、俊足でショート
内野安打にして見せた。「王手」をかけてからの次打席に驚くほどあっさりと記録を
達成し、「きょう達成できたことはボクにとっても大きい」と、晴れやかな笑顔を見せ
た。

 イチローが鮮烈なメジャーデビューを飾ったのが2001年。1年目のシーズンでは
157試合目に200本の“大台”に到達した。それ以降の7シーズンは下記の通りで
ある。

【イチローの200安打到達試合数/シーズン安打数】
・01年 132試合/242安打
・02年 156試合/208安打
・03年 155試合/212安打
・04年 126試合/262安打
・05年 160試合/206安打
・06年 148試合/224安打
・07年 136試合/238安打

 最も苦しんだのは05年シーズンで、残り3試合でギリギリの達成だった。開幕から
全試合に出場している今季は、19日の試合を含めて「残り11試合」と、余裕を持って
の大台到達だ。それでも、本人は「170本から180本の間はやっぱり予想通りちょっと
重苦しい中でプレーしてましたけど、それを超えてからは、わりとノーマルな状態に
戻った」と語った。

■8月に固め打ち

一塁ベース上で観客の声援に応えるイチロー
一塁ベース上で観客の声援に応えるイチロー【写真は共同】

 今季は開幕直後の3月と4月こそ、安打数30、月間打率2割5分9厘と低調だった
ものの、イチローが例年“スロースターター”であることはマリナーズベンチや報道陣の
間でもすっかり周知のことであり、今季の成績について深刻に心配する声は聞こえて
こなかった。そして、5月に入ると“ミスター・メイ”の異名通り、どんどんペースを上げて
きた。下に示した月ごとの安打数と打率を見てほしい。5月以降は3割以上の打率を
キープしていることが分かる。

【月間安打数/月間打率】
・3・4月 30本/2割5分9厘
・5月   36本/3割1分9厘
・6月   34本/3割1分2厘
・7月   36本/3割3分3厘
・8月   43本/3割5分
(※安打数と月間打率は現地時間で計算)

 最下位に低迷したマリナーズは、6月にジェフ・ペントランド打撃コーチと、ビル・
バベシ・ゼネラルマネジャーが相次いで解任されたのに続いて、イチローを最も信頼
して起用していたジョン・マクラーレン監督も解任された。チームに衝撃が走る中、
イチローは逆風をもろともせずに安打を量産し続けた。

 日米通算3000本安打を達成したのは7月30日。3000本に挑んでいた7月には、
プレッシャーからか記録前日までの5試合は24打数5安打、打率2割8厘。
「この一週間は本当に長く感じた。ボクが一番イライラしていました」とイチロー自身が
振り返ったように、思わぬ重圧に悩まされた。それでも、7月を終わってみれば5月と
同じ36本、3割3分3厘の数字をたたき出し、最下位に低迷するチームの中で一人気
を吐いた。

 そして、何といっても注目すべきは8月だろう。月間28試合で43本の安打を放ち、
打率3割5分と驚異的に数字を伸ばしてきた。夏場の酷暑と累積疲労などで多くの
打者が調子を落とす中で、イチローはむしろ今季ピークともいえる活躍を見せた。

 9月に入ってもイチローの「上げ潮」状態は変わらず。11日のレンジャース戦では
5打数4安打と大暴れ。9月にイチローが無安打に終わった試合は、わずかに7日の
}ヤンキース戦のみだ。9月はこの日を含めて16試合を消化し、72打数22安打、
3割5厘の好成績を残している。今回の200安打の「節目」に向けては、
10戦連続安打と、順調に安打を積み上げた。

■張本氏の3085安打も今季中の射程に

 メジャーで8年もの間、大きなけがをするなくコンスタントに試合に出続け、安打を
量産し続けることは並大抵のことではない。高い技術を維持していくことは言うまでも
なく、イチローは厳密に時間管理したルーティンの練習メニューから、オフの筋力強化
トレーニング、食事の栄養管理、コンディショニング管理など、すべての局面で日々の
たゆまぬ努力が欠かせない。プロとして徹底した自己管理を続けてきたイチローの
修練が結実した記録といえよう。毎年200本を継続していく中でも、「感情は毎年違う」
と語るイチロー。「ことしはゼロのところから200本を外せない状況で臨んだので
大きな違いでした」と、安堵(あんど)感をのぞかせた。

「ひとまずこれが大きな目標だったので、その恐怖から解放されて、残り11試合は
ちょっと力を抜いてプレーできたらいいな。アメリカだけで1800本という数字、
日本と合わせて3085本という目標がありますから、それを何とか達成したいと
思います」

 当面の目標は、張本勲氏の最多安打記録3085安打である。イチローは18日
現在、通算3070本まで近づいている。今季中に達成するためには残り11試合で、
あと15本打たなければならない計算だ。

 そして、来季はいよいよ9年連続200本安打というメジャー新記録に挑む。
9年連続への道は、100年以上の長きに渡るメジャーの歴史の中で、まだ誰も足を踏
み入れたことのない領域である。しかし、イチローならばおおかたの人の期待を裏切ら
ずに達成してくれるだろうと簡単に思わせてしまうところが、この打者が継続して築き
上げてきた確固たる実力なのだろう。
 修練することを惜しまぬ天才打者は、ついに未踏の領域へと突き進む。


X JAPAN「6人目入りました」

9月18日8時0分配信 サンケイスポーツ

 【香港17日】4カ国・地域のアジアプロモーションを展開中のX JAPANのリーダー、
YOSHIKI(年齢非公表)が17日、台湾から香港へ移動中のプライベートジェット機内
でサンケイスポーツのインタビューに応じた。アジアでの熱い歓迎に感激しきりの
YOSHIKIは舌も滑らか。「6人目のメンバーが入りました」「世界ツアーが最後かも
しれない」など次々と爆弾発言が飛び出した!!

 サンケイスポーツ史上初の地上4万フィート(約1万2000メートル)での“空中
インタビュー”を敢行。リラックスした雰囲気で始まるや、YOSHIKIの爆弾発言が
止まらない。

 世界ツアーの内容を聞いたときだった。「(X JAPANに)実は6人目入りました」と
仰天発言。突然の重大発表に驚く記者に向かって「誰かは言えないけど8月中旬に
ロサンゼルスで彼と打ち合わせをして決まって。イメージ的にはhideのサポート的な
位置を考えてる」と笑った。

 4月の会見でYOSHIKIが「世界進出には“6人目”を帯同する」と公言して以来、
さまざまな憶測が流れた。3月の東京ドーム復活公演ではhideさん(享年33)の
代役としてLUNA SEAのSUGIZOがギターを務めたが、記者が真相に迫ると
「まだメンバーに伝えていないんで」と名前は明かさなかった。

 さらにトークは加速。11月のパリ公演、来年2月の台北公演、この日は同1月17日
にアジア・ワールド・エキスポでの香港公演を発表したが、詳細について聞くと
「4カ月の休養中に考えることがあって世界ツアーで最後かもしれない」とまたまた
爆弾投下。だが「10年ぶりに東京ドーム3日間やって、いかにXのコンサートが大変か
実感した。だから最後に一発花を咲かせるぞって。一つの区切りとして捨て身で
やります」。

 また、発表以外の公演場所についても言及。「延期してる米国のマディソンももうすぐ
調整できる。あとドイツでも。もちろん日本公演もやります」と明かし「東京ドームの
流れでの世界ツアーなので基本的にドームでの機材は全部持って行く。
もちろんhideも行きます。SUGIZOも行きます」と話した。

 各国から公演オファーが相次いでいるが、今回のアジアプロモーションも各国の
プロモーターがお金を出し合って実現。プライベートジェット機も体調を考慮し用意して
くれた。「本当に愛情を感じます。国を挙げて応援してくれている」と感激しきり。
「Xのライブはファンと作っていくのでその国で公演の発表をすることに意義がある。
後悔するコンサートにはしたくない」。世界ツアーに向けてYOSHIKIが加速しだした。

 

2006年・・・
復興へ旧山古志村「闘牛サミット」
 新潟県中越地震で大きな被害が出た旧山古志村(現長岡市)
で17日、新潟、鹿児島、沖縄の3県から闘牛を集めた
「闘牛サミット」が開かれ、32頭が激しく角をぶつけ合っ
て力を競った。旧山古志村で闘牛の大会は地震後初めて。
サミットは闘牛の盛んな地域の持ち回りで、今年で9回目。
会場の池谷闘牛場で、旧山古志村の住民ら約3500人が
16の取組を観戦した。被災直後、村の牛舎に取り残され、
ヘリコプターで救助された「魚沼号」が土俵に上がると、
会場の熱気は最高潮に達した。地震で被災し、今は長岡市
花園で暮らす無職五十嵐務さん(75)は
「2度とここには戻れないと思っていた。闘牛のように威勢良
く復興したい」と目を細めた。
[ 2006年09月18日付 紙面記事 ]

2年半ぶり牛丼再開=全店で「復活祭」-吉野家

 吉野家ディー・アンド・シーは18日、米国産牛肉を使用した
牛丼の販売を全店(約1000店)で再開した。同社は、BSE
(牛海綿状脳症)発生に伴う米国産牛肉の輸入禁止措置に
伴い、2004年2月に牛丼販売を停止。昨年2月の1日限定販売
を除くと、実に2年半ぶりの復活となった。
 同社は18日を「牛丼復活祭」と銘打ち、午前11時から一斉に
販売を開始した。ただ、米産牛肉の輸入量自体が少ないため、
一部メキシコ産も使った上で100万食限定での販売とし、売り
切れ次第終了。10、11月は月初の5日間、12月は時間限定で
毎日提供するなど、今後は調達量の増加に合わせ段階的に増
やす方針だ。 
(時事通信) - 9月18日15時0分更新

米実業家 女性初の宇宙観光出発
 女性で初の宇宙観光客となるイラン系米国人の実業家アニュ
ーシャ・アンサリさん(40)を乗せたロシアの宇宙船ソユー
ズが18日午前(日本時間同日午後)、カザフスタンのバイコ
ヌール宇宙基地から打ち上げられた。

 アンサリさんは国際宇宙ステーション(ISS)に約一週間
滞在し、欧州宇宙機関(ESA)の医学実験にも被験者として
参加する。ソユーズにはアンサリさんのほか、ロシアと米国の
宇宙飛行士が乗り組んだ。

 当初は、日本人投資家の榎本大輔さん(35)が宇宙旅行に
出発する予定だったが、今年8月に医学的な理由で許可されず、
予備の要員として訓練を受けていたアンサリさんが代わりに選
ばれた。

 アンサリさんはイランで生まれ、10代で米国に移住。
電子工学の学位を取得し、夫らと情報技術(IT)関連企業を
立ち上げた。

 宇宙旅行はロシア政府と提携した米国の宇宙旅行会社スペー
スアドベンチャーズが手掛け、費用は推定で2000万ドル
(約23億5000万円)。これまでに米国人実業家ら3人の
個人観光客がISSを訪れている。 (共同)
[ スポニチアネックス 速報記事 ]

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