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2009年2月20日 (金)

2月20日

旅券
外務省が1998(平成10)年に制定。
1878(明治11)年、「海外旅券規則」が外務省布達第1号として制定され、
「旅券」という用語が日本の法令上初めて使用された。それまでは、
「御印章」「海外行免状」と呼んでいた。

歌舞伎の日
1607(慶長12)年、出雲の阿国が江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前
で初めて歌舞伎踊りを披露した。

普通選挙の日
1928(昭和3)年、日本で初めて普通選挙が実施された。納税額に関係なく、
すべての男性に選挙権が与えられた。女性も参加した完全な普通選挙が
実施されるようになったのは1946(昭和21)年4月10日の総選挙からである。

アレルギーの日
日本アレルギー協会(日ア協)が1995(平成7)年に制定。
1966(昭和41)年、免疫学者の石松公成・照子夫妻が、ブタクサによる花粉症
の研究からアレルギーを起こす原因となる免疫グロブリンE抗体(lgE抗体)を
発見したことを発表した。

1844年 - ルートヴィッヒ・ボルツマン、物理学者(+ 1906年)
1883年 - 志賀直哉、小説家(+ 1971年)
1886年 - 石田礼助、第5代日本国有鉄道総裁(+ 1978年)
1886年 - 石川啄木、歌人・詩人(+ 1912年)
1894年 - 左卜全、俳優(+ 1971年)
1895年 - 山本懸蔵、労働運動家・戦前期の日本共産党党員(+ 1939年)
1904年 - アレクセイ・コスイギン、ソビエト連邦首相(+ 1980年)
1915年 - 水之江滝子、女優
1917年 - 青木一雄、アナウンサー(+ 2001年)
1925年 - ロバート・アルトマン、映画監督(+ 2006年)
1925年 - 栃錦清隆、大相撲第44代横綱(+ 1990年)
1926年 - リチャード・マシスン、小説家
1929年 - 黛敏郎、作曲家(+ 1997年)
1931年 - 浅香光代、女優
1936年 - 長嶋茂雄、読売巨人軍終身名誉監督
1937年 - 小平桂一、天文学者
1937年 - 山藤章二、イラストレーター
1940年 - クリストフ・エッシェンバッハ、指揮者・ピアニスト
1940年 - 百瀬博教、作家、詩人、格闘技プロデューサー(+2008年)
1943年 - アントニオ猪木、プロレスラー・実業家
1948年 - 小山ゆう、漫画家
1949年 - 柴田宋休、陶芸家、浄土宗僧侶、詩画作家、エッセイスト
1950年 - 志村けん、タレント
1950年 - ばんばひろふみ、フォークシンガー
1950年 - 土山しげる、漫画家
1951年 - 美内すずえ、漫画家
1953年 - 四方田犬彦、比較文学者・映画史家
1958年 - かとうかず子、女優
1958年 - 高塚哲広、気象予報士
1962年 - 真島昌利、ミュージシャン・ギタリスト
1963年 - イアン・ブラウン、ミュージシャン
1964年 - 遊佐未森、シンガーソングライター
1966年 - シンディ・クロフォード、スーパーモデル、女優
1967年 - カート・コバーン、ミュージシャン・ギタリスト(+ 1994年)
1968年 - いしのようこ、女優
1969年 - 外道、プロレスラー
1969年 - 渡辺梓、女優
1969年 - シニシャ・ミハイロビッチ、プロサッカー選手
1971年 - ヤリ・リトマネン、プロサッカー選手
1976年 - エド・グラハム、ミュージシャン(ザ・ダークネス)
1978年 - コーリー・スピンクス、第20代IBF世界スーパーウェルター級王者
1979年 - 森田剛(V6)、歌手・タレント
1980年 - 石田明、NON STYLE、お笑い芸人
1980年 - 中村悠一、声優
1981年 - aika、歌手、平原綾香の姉
1982年 - 小西遼生、俳優・声優
1983年 - 上村和裕、プロ野球選手
1984年 - 小出恵介、俳優
1984年 - 矢部美希、グラビアアイドル、矢部美穂の妹
1985年 - ユーリャ、t.A.T.u.メンバー
1985年 - 夏目理緒、グラビアアイドル
1987年 - GOLF、歌手、GOLF&MIKE、GYM
1987年 - 中島愛、PLIME
1988年 - リアーナ、歌手
1989年 - 黒田真由、体操選手
1990年 - 秋場まなと、俳優
1991年 - 土屋詩穂、ファッションモデル、グラビアアイドル
1997年 - 大阪ドーム完成。
2005年 - 両国国技館でプロレス界史上初となるIWGP対三冠ヘビー級王座統一戦
             が行われる。(対戦者は天山広吉と小島聡、小島聡のKO勝ちで史上初
            の4冠王になる)
2005年 - トラベルライターの横見浩彦氏が、上信電鉄の上州福島駅にて日本の
         鉄道駅の全駅下車を達成 
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


2009年・・・

グレート・サスケ 暴行容疑で逮捕、本人は否認…警視庁

2月20日11時29分配信 毎日新聞


グレート・サスケ 暴行容疑で逮捕、本人は否認…警視庁

ザ・グレート・サスケ容疑者=2007年4月撮影

 JR常磐線の車内で乗客の男性に暴行したとして、プロレスラーで元岩手県議の
ザ・グレート・サスケ容疑者(39)=本名・村川政徳=が暴行容疑で現行犯逮捕さ
れていたことが警視庁南千住署への取材で分かった。同署によると、サスケ容疑者
は「もみ合いにはなったが、暴行は知らない」などと否認しているという。

 逮捕容疑は19日午後11時50分ごろ、常磐線北千住-南千住間の快速電車内で、荒川区の男性会社員(36)が携帯電話でマスク姿を撮影しようとしたことに立腹。携帯を取り上げ床に投げつけたうえ、男性の胸ぐらをつかんで電車のドアに押しつけたり、左ひざ付近をけるなどした疑い。

 2人は南千住駅で下車したが、目撃した乗客が駅付近を巡回中の署員に通報。
同駅の改札を出て近くの路上を歩いているサスケ容疑者を発見し、現行犯逮捕した。

 サスケ容疑者は93年にみちのくプロレスを設立。03年の岩手県議選でトップ当選
した後、07年の同県知事選に出馬したが落選した。


タイムカード、月給制…振り込め詐欺バイト感覚で

2月20日15時41分配信 読売新聞


 振り込め詐欺被害が後を絶たない。

 警察が目を光らせていたヤミ金業者や暴力団とはかかわりがない“素人だけの
集団”による犯行も出始め、昨年の被害額は前年比1割増の約276億円に上った。

 仕事のない若者が、高収入の求人広告を見て集団に引き込まれる実態も浮かび
上がり、警察庁は「犯罪のすそ野が一般人まで広がっている」と警戒を強めている。

 熊本、宮崎両県警と北海道警の合同捜査本部が10日、詐欺容疑で逮捕した9人は、会社役員や飲食店員、無職の男女で、5人が20歳代、3人が30歳代。
全員が暴力団との親交も犯罪歴もなかった。「電話アポの仕事」「学歴問わず」
「正社員は月給20万~30万円」などと記された携帯電話の求人サイトを見て集まり、東京都内の雑居ビルを拠点に活動する詐欺グループに加わったという。

 グループは、〈1〉「複数の債務を抱える人に融資します」と書いたはがきを作成、
郵送〈2〉「融資の保証金」名目で、電話で振り込みを要求〈3〉金を引き出す--の
3班に役割を分担。実績に応じて1人月給30万~100万円を配分し、勤務時間を
管理するタイムカードもあったという。熊本県警幹部は「まるで会社組織。
仕事が細分化され、一人ひとりの罪の意識は希薄。不況で職がない人が高給の
アルバイト感覚で飛びついている」と話す。

 捜査本部は、熊本市の女性(70)に融資話を持ちかけて約20万円を振り込ませ
た疑いで9人を逮捕したが、雑居ビルから約10万人分の名簿を押収しており、
多数の余罪があるとみる。

 捜査関係者によると、振り込め詐欺は、ヤミ金業者や暴力団員が借金を返済した
人に直接、「完済していない」などと言って振り込ませたのが始まり。
しかし、ここ数年は暴力団やヤミ金業者らが、一般人に詐欺のノウハウを教えて
実行させるようになった。さらに、最近はノウハウを得た人が上納金を払うのを
嫌って独立し、詐欺グループの構図が複雑化しているという。

 警察庁によると、振り込め詐欺被害は2004年の2万5667件(被害額約283億円)をピークに、07年は1万7930件(同約251億円)にまで減少したが、昨年は
2万481件と再び増加。07年に全国で摘発された約170の振り込め詐欺グループ
のうち、主犯格が逮捕されたのは約20にとどまり、実態解明は難航している。


樹木希林、死意識して対面を決意 夫婦の戦いにピリオド

2月20日11時4分配信 産経新聞


樹木希林、死意識して対面を決意 夫婦の戦いにピリオド

樹木希林さん(撮影・大西史朗)(写真:産経新聞)

 乳がんの手術を平成17年に受けた女優の樹木希林さん(66)。「納得のいく死」
を意識したとき、脳裏に浮かんだのは、ロック歌手の内田裕也さんのこと。
長年、別居していた夫と向き合おう。そう決意して対面したと語る樹木さんの目には、力強いエネルギーが宿っていました。(竹中文)

  ・写真:夫の内田裕也さんと昨年7月、京都旅行を楽しんだ樹木希林さん

 乳がんの手術をする直前に内田裕也さんと向き合おうと思ったんです。

 裕也さんは昭和56年に、私に無断で区役所に離婚届を出しました。私が離婚
無効の訴訟を起こし、裁判で争い、裁判官にまで「あんなに嫌がっているんだから、
別れてあげなさいよ」なんて言われたことがあったんです(笑)。裁判で離婚は無効
になり、籍は戻ったけど、裕也さんと連絡を取るのは1年に1回だけ。このまま裕也
さんを恨んで死ぬのは悪いなと思って、ほったらかしにしていたことを謝ろうと思ったの。

 でも、男の人って、いろんな質(たち)があるけれど、別居している奥さんと面と向
かって、しっかり話をするというのは苦手なんじゃないかな。まして夫なんて、カーッと
して一生送っているという感じだから、2人だけでは話はできないと思ったの。

               ■ □ ■

 だから、知人に「謝りたいから、仲介して」とお願いして、食事の席を設けてもらったんです。でも、夫は1時間ぐらい、次から次へと違う話をして核心には触れさせてくれ
なかった。

 そのうち時間がなくなってきて、仲介者が時計を見始めたから「ちょっと私にしゃべ
らせて!」「謝らせてくれ!」と怒鳴ったわけ。首根っこをつかまえて謝るっていう感じ
だったわね。仲介者には「けんかごしで謝っている現場を初めて見た」と言われました(笑)。

 そのとき、裕也さんは何も言わなくて、そのまま、さようならって別れたんだけど、
その後、別の知人が、飲食店で、ものすごく機嫌のいい裕也さんと会ったらしい。
夫は何かを承知したんでしょうね。

 それから月に1度、裕也さんと会うようになって。長い夫婦の戦いは終わりました。
元気なうちは分かりあえなかったけれど、お互いに病気して、体力がなくなっちゃったから通じあうようになったんだろうね。私は15年に網膜剥離(はくり)になって、
裕也さんも同じころに目の病気を経験して。それから私が乳がんになって、お互いに“老老介護”が必要になったのね。

               ■ □ ■

 昨年の夏には「祇園祭に行ってみようか」「いいね」という話になって、一緒に宿泊
したんです。目が悪いと危ないから、いつも腕を握っていました。偶然、そうなっちゃったのよ。熟年離婚なんて言葉も浸透してきちゃったけど、老いてから別れるのは
もったいないわよ。

 乳がんの手術後、毎年1月には、裕也さんと一緒にハワイで過ごすようにもなりました。真珠湾では必ず手を合わせる。そこにも一緒に手をつないでいく。毎年、これが
最後だなあって思いながらいくわけよ。そんなに先が長いとは思えない。その覚悟
はあるから。

 私の出演した映画「歩いても 歩いても」について、裕也さんが感想を言ってくれた
こともありました。「一般料金で映画館で見たぞ」だってさ。シニアの料金で見れば
いいのにさ。そんなところで頑張るんだよね(笑)。「映画に登場するような会話がない夫婦にはなりたくねえな」と言っていたけど、でも、長年連れ添ったら顔を見なくても意思疎通ができるのは自然よね。うちは一緒に住んでいなくて、会うときは話があるから、いつも目を見てしゃべっているだけ。

 嫌な話になったとしても、顔だけは笑うようにしているのよ。井戸のポンプでも、
動かしていれば、そのうち水が出てくるでしょう。同じように、面白くなくても、にっこり
笑っていると、だんだんうれしい感情がわいてくる。だいたい私は仏頂面なので、
「なあに」なんて言っただけでも、裕也さんに「怒ってんのか」と言われちゃう(笑)。
そうならないようにね。

 死に向けて行う作業は、おわびですね。謝るのはお金がかからないから、ケチな
私にピッタリなのよ。謝っちゃったら、すっきりするしね。がんはありがたい病気よ。
周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。ひょっとしたら、この人は来年
はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう。そういう意味で、
がんは面白いんですよね。


<映画監督>成人映画からひのき舞台へ…ヒット作続々

今、日本映画界は、成人向け映画出身の監督が大活躍している。賞をさらう良作や
興行成績上位のヒット作を次々と生み出しているのだ。日陰者的な存在から表舞台
への華麗なる飛躍、その秘密はどこにあるのだろう。

 「毎日映画コンクール」の日本映画大賞など国内映画賞を総なめにし、22日に
発表される米アカデミー外国語映画賞の候補作「おくりびと」。メガホンを取った
滝田洋二郎監督(53)のデビュー作は、81年の成人向け映画「痴漢女教師」だ。
故向井寛監督が主宰する「獅子プロ」に入社し、後にタレントとしても人気を得る
山本晋也監督(69)らについて助監督修業。監督として20本以上の成人映画を
撮り、「コミック雑誌なんかいらない!」で一般映画に進出した。

 ほかにも金子修介(53)、根岸吉太郎(58)、広木隆一(55)、黒沢清(53)、
周防正行(52)といった多くの50代の日本映画界をリードする人気監督が成人
向け映画を手掛けた。

 映画評論家の塩田時敏さんは、逸材輩出の理由を「ピンク映画の撮影現場が、
撮影所に代わって才能を育てた」と解説する。日本映画界は戦前から、大手の映画
製作会社の撮影所が監督やスタッフを育成してきた。しかし60年代に斜陽化すると、映画会社は定期採用をやめ製作本数を減らし始める。

 一方で小プロダクションが成人向け映画を量産し、大手の日活も71年からロマン
ポルノの製作を開始。映画志望の若者を受け入れる撮影現場は、成人向け映画に
しかなかった。

 その撮影現場は過酷だった。製作費は300万円程度、撮影期間も1週間ほど。
人手も少なく、助監督といえどもあらゆる仕事をこなし、時には出演もする“何でも屋”。ここで鍛えられた監督が、脂が乗り切った年代に差し掛かっているというのだ。滝田監督は「人手も予算も時間もなかったが、とにかく映画を完成させなくてはならない。こき使われながら数をこなすうちに、映画の“芯”を植えつけられた。
向井、山本監督は恩人」と語る。

 また独立系プロダクションが手掛ける成人向け映画には、ベッドシーンさえ入れば
後は何を描いてもいいという自由があった。塩田さんは「作品への責任感とこだわり
を併せ持っているから、プロデューサーも大作を安心して任せられるのではないか。現在活躍する監督たちは、ピンク映画でも異彩を放っていた」と振り返る。





2008年・・・

“演歌界の黒船”ジェロ、遂にデビュー「夢は紅白」
2月20日17時14分配信 オリコン

“演歌界の黒船”ジェロが都内で初のデビューイベントを開催

 演歌界初の米国人演歌歌手・ジェロが20日(水)、東京・HMV渋谷でデビュー
イベントを開催した。赤いキャップとパーカー、黒いジーンズに白いスニーカー
というヒップホップ風の衣装で登場すると、集まった150名のファンからは大歓声。
ゆっくりとお辞儀をした後、落ち着いた表情で同日発売のデビュー曲「海雪」を
熱唱すると「夢は紅白に出ること。そして出身地のピッツバーグでコンサートを
開くことです」と力強く語った。

ジェロのアップカットなどデビューイベントの模様

 同所で演歌歌手のデビューイベントが行われるのは初。さらにジェロが東京で
歌唱イベントを行うのはこの日が初めてということもあり緊張した様子のジェロ
だが「皆さん仕事さぼってきたんですか?」と客いじりもできる余裕ぶり。
「緊張してたんですけど、皆さんの顔を見てホッとしました」と流暢な日本語で
挨拶し、作詞・秋元康、作曲・宇崎竜童という新感覚演歌の感想を「素晴らしい
デビュー曲を作ってくださって嬉しい」と喜びを爆発させた。

 祖母の影響で演歌魂に目覚めたというジェロは「演歌を聴くきっかけになった
おばあちゃんは亡くなったけど、病気になってからも僕の歌をテープで聴いて、
最後まで僕を応援してくれた。今日も見守ってくれていると思う」と感謝を述べ、
2人の男性バックダンサーを従えてダンスバージョンを生で初披露した。

 今月1日より本格的にプロモーションが始まり生活が一変、多忙な日々を送る
ジェロ。各局の情報番組でこぞって紹介され、これまでに取り上げられた番組は
30を数える。イベント終了後のインタビューは英語でも答え「演歌は日本人の
素晴らしいところが歌われている。若い人にもっと演歌を聴いてほしい」と熱く
語っていた。

 なお、2/19付のオリコンデイリーランキングでは16位初登場と好調な滑り出し。
週間ランキングでも上位に初登場することが予想される。ちなみに、デビュー曲
「海雪」の舞台である新潟・出雲崎町ではジェロを応援することを町議会で可決。
この日も小林則幸出雲崎町長が地元名産の米と塩を持って応援に駆けつけた。

■ジェロ
アメリカ・ペンシルヴァニア州ピッツバーグ生まれの26歳。日本人の祖母の影響
で演歌を聴き始め、祖母を喜ばせるために演歌を歌ううちに自身が演歌の魅力に
とりつかれる。ピッツバーグ大学の情報学科を卒業したインテリで、優秀な
エンジニアとして将来を嘱望される一方、演歌歌手になる夢を叶えるために
2003年に来日。『NHKのど自慢』をはじめ、各地のカラオケ大会に出場していた
ところをレコード会社にスカウトされデビューを果たした。

<資本・業務提携>「ミスド」のダスキンと「モス」のモスフードサービス
2月20日18時33分配信 毎日新聞

握手するダスキンの伊東英幸社長(左)とモスフードサービスの桜田厚社長=
東京都内で、宮島寛撮影

 「ミスタードーナツ」を展開するダスキンと、「モスバーガー」の
モスフードサービスは20日、外食事業で資本・業務提携すると発表した。
それぞれのドーナツとハンバーガー店の共同出店や、商品の共同開発、
カフェなど新業態の出店などを検討し、相乗効果を狙う。

【関連】 相武紗季:玉木宏に「カッコいい」を連発 ドーナツカフェ
「アンドナンド」発表会

 相互に19億円ずつを出資し、ダスキンがモスフード株の4.1%、
モスフードがダスキン株の1.55%を取得する。業務提携の具体的内容は、
両社で設置する委員会で協議し、5月末までに詰める。

 ミスタードーナツは軽食が中心で、主食になるハンバーガーが中心の
モスバーガーとは業態が異なる。今後は互いの強さを生かせるような関係の
構築を目指し、共同出店や新業態の開発のほか、原料の共同調達や共同配送、
海外展開での協力など、幅広い相乗効果を模索する方針だ。

 また、相次ぐ食品偽装などで消費者の不安が高まっているため、衛生や
品質管理面でも協力する。ダスキンの伊東英幸社長は会見で「モスバーガー
の品質管理が優れているので、同じような仕組みを検討させていただく」と
述べた。

 今回の提携には、食をめぐる安全に対する不安の高まりのほか、少子高齢化
に伴う市場の縮小、原材料価格の高騰など、外食産業を取り巻く環境の悪化が
背景にある。モスフードの桜田厚社長は「安心・安全に対する強い覚悟など、
理念が一致していた。互いの強みを生かせば、顧客やフランチャイズにプラス
になる」と話した。【宮島寛】

ソニー ベータの反省…ハリウッド攻勢で勝利 BD陣営
2月20日10時2分配信 毎日新聞

 「ブルーレイ・ディスク」(BD)陣営の中核となり、東芝との新世代
DVDの規格争いを制したソニー。ベータ方式で惨敗した「ビデオ戦争」など
の反省を生かして、強力な販売体制の構築と米映画会社への攻勢に力を注ぎ、
勝利にこぎつけた。ソニーは19日、「規格の一本化は消費者、関連業界の
両方に利益をもたらす。BD市場の急速な拡大を促進すると確信している」
とのコメントを発表した。

【関連】 新世代DVD:HD-DVD、東芝撤退へ 年末商戦惨敗で決断 
販売力の差、埋まらず

 ソニーにとって、規格争いは長く「鬼門」だった。80年代のビデオ戦争
では「画質ではベータが上」と言われながら、販売に強い松下電器産業など
のVHSに敗退した。90年代の現行DVDの規格争いでも、フィリップス
(オランダ)と独自規格を打ち出したが、米映画会社を味方につけた松下・
東芝連合に屈した。

 「自社の技術力を過信し、販売対策を二の次にしてきた」(アナリスト)
との指摘は根強く、この教訓から新世代DVDでは、メーカーの抱き込みと
豊富なソフトを持つハリウッドの懐柔に全力を挙げた。

 ソニーは00年にいち早くBD技術を公表し、「宿敵」だった松下をはじめ、
フィリップス、韓国サムスン電子など日欧韓の大手8社を自陣営に引き込んだ。
「HDより記録容量が多く、究極のディスク」(井原勝美副社長)と性能を
アピールしつつ、販売体制でまず東芝をリードした。

 さらに、米映画会社の切り崩しでは、ソニー初の外国人トップ、ハワード・
ストリンガー会長兼最高経営責任者(CEO)が活発に動いた。

 同会長は米3大TVネットワークのCBS元社長。ソニーでも長く映画事業
に携わり、豊富なハリウッド人脈を持つ。自ら映画会社を行脚し、旧知である
ワーナー・ブラザースのバリー・メイヤー会長からBD単独支持を引き出す
ことに成功した。東芝幹部は「ソニーのトップセールスがBD勝利の流れを
作った」と認める。【赤間清広】

36年ぶりに屋外試合を実施=NBA
 米プロバスケットボール協会(NBA)は19日、10月11日に行う来季の
プレシーズン試合、サンズ-ナゲッツ戦を屋外で実施すると発表した。
NBAで屋外試合が行われるのは、1972年にプエルトリコで開催された
サンズ-バックス戦以来36年ぶり。会場はカリフォルニア州インディアン
ウェルズにあるテニスコートで、収容人員は1万6000人。 (時事通信)

ギネス認定記念で復活!「およげ!たいやきくん」CDで再発売
2月20日8時3分配信 サンケイスポーツ

 シングル売り上げ枚数、約455万枚-。33年前、「およげ!たいやきくん」
が打ち立てた日本記録が、英ギネス・ワールド・レコーズ社に正式に認定され、
来年度の「ギネス世界記録2009」に掲載されることが19日、分かった。
“日本の最も売れたシングル・レコード”として評価を受けた。当時のままの
楽曲が3月5日にCDとして再発売されることも決定。「こうなったら、
500万枚を狙いたい」と関係者の鼻息は荒い。

 ♪ムァイニチ(毎日)、ムァイニチ、ぼくらは鉄板の…。

 一世を風靡(ふうび)したメロディー、たいやきが海中を泳ぐほのぼのとした
アニメ映像…。昭和を代表する名曲復活のきっかけは、昨年から今年はじめにかけ、
全国のゲームセンターで起きた現象だ。

 クレーンゲームの景品に「たいやきくん」のぬいぐるみを入れたところ、
当時を知る大人から火がつき、若いカップル、子供たちまで大人気に。
これを受け、今年4月におもちゃやファンシーグッズが販売されることが決ま
った。

 楽曲を超えたブーム再燃の兆しに黙っていられないのが、昭和50年12月に
同曲をリリースしたレコード会社のポニーキャニオン。再発売に向け準備を始める
中で、スタッフから「ギネス世界記録に載らないものか?」との声があがった。

 すぐにギネス・ワールド・レコーズ日本支社に連絡。「キッズソング」や
「食べ物の歌」というカテゴリーがないか、あるならそれで申請が可能かを聞いた
ところ、同支社が英国の本社に照会。「日本の最も売れたシングル・レコード」
というカテゴリーで即、認定を受けた。

 33年前の歌が、なぜ今認定されたのかについて、同日本支社は「ギネスの記録
は申請が必要です。日本人なら誰でも知っている大記録ですが、今まで申請がなか
ったので、掲載されていませんでした」と説明した。

 一方、455万枚売れたにもかかわらず、ギャラは後にも先にも5万円ぽっきり
だったとのエピソードが残る歌唱担当の子門真人(64)は現在、芸能界を引退し
ており、朗報への「コメントはない」(ポニキャン)という。

 「だんご3兄弟」「たらこ・たらこ・たらこ」「おしりかじり虫」など最近の
幼児発進のヒットソングとはケタ違いの「たいやきくん」。ポニキャンでは
「両親、祖父母が知っているだけに、子供たちへの波及効果は大きい。
500万枚も狙える」と期待を寄せている。

2006年 

「R―1ぐらんぷり」王者は博多華丸

優勝賞金500万円をかけたピン芸人No・1決定戦「R―1ぐらんぷり2006」
の決勝戦がこのほど都内で開催され、芸歴16年の博多華丸(35)が初出
場で第4代王者の座を獲得した。過去最多となる出場者1761人の頂点に
立ったが、今回のエントリーは相方・大吉が勝手にしたそうで「優勝賞金は
相棒に半分あげます」と話した。
[ 2006年02月20日付 紙面記事 ]

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» グラビア詐欺事件と大型盗撮事件の光と影 [あゆみんのせきらら日記]
「ブリヂストンの跡継ぎで電通に勤めてる」と偽り、「イメージガールにしたい」と持ちかけてタレント事務所所属の女性にホテル代を支払わせたとして、警視庁が無職男(46)を詐欺容疑で逮捕する事件が明るみに出たちゅうわ。 グラビアアイドルやレースクイーンやらなんやら女性タレントたちは、常にグラビア詐欺事件と“隣り合わせ”の状況にあることが明らかになりくさったようよ。 グラビア詐欺事件の手口はちゅうと、大手広告代理店を名乗りブログの口上サービスを利用し「(ビールやらなんやらの商品)イメー...... [続きを読む]

受信: 2009年3月15日 (日) 午後 10時45分

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